Ecole Libreの現場から
Vol.3「自分」を見せる場所

Vol.3「自分」を見せる場所

2017.11.22

人は、1人でいくつもの顔を持っています。所属するコミュニティ、置かれている立場、接する相手によって、見せる「自分」は少なからず変わってくるでしょう。それは決して裏表があるというわけではありません。もっと多面的で、人なら誰もが持ち合わせているものなのです。

「でもそれって、社会を生きる大人たちの話でしょう」とお思いですか?いいえ、こどもたちも、立派に顔を使い分けているようなんです。例えば、おしゃべりの大好きな小学校1年生の女の子が、憧れのお兄さんの前ではちょっぴり大人しくなっていたり、家ではしっかり者のお兄ちゃんが、エコールリーブルの学生の前では甘えん坊になっていたり。こどもたちは、今このとき、この場所で、どんな「自分」を見せたいのか、逆にどんな「自分」が見せられるのか、しっかり判断しているのかもしれません。

学生と絵本を読んでいます。

学生と絵本を読んでいます。

友だちとオセロに挑戦。こども同士でのかかわりの中で、学生に見せるのとは違う一面が見えることもあります。

友だちとオセロに挑戦。こども同士でのかかわりの中で、学生に見せるのとは違う一面が見えることもあります。

現在エコールリーブルは、発足から4年以上が経ちました。学生のメンバーは入れ替わりますが、発足して間もない頃から来てくれているこどもたちは、エコールリーブルと随分長い付き合いになります。信頼関係も強くなり、彼らの中でのエコールリーブルは、他では見せない「自分」を見せる場所の1つとなっているように思います。

ときには親にも先生にも見せないような、弱い顔が姿をあらわすことも。その顔は、親や先生が信頼できないから見せられなかった訳ではなく、大好きだったり、期待してくれているのが分かっていたりするからこそ、見せられないもの。だから、学生の前では格好つけずに小さなSOSを発してくれる、なんてこともあるのです。近くにいるから、その子の全ての顔を知っているかというと、そういうわけではありません。よりたくさんのコミュニティと接することができると、見せることのできる顔が多くなり、それまで出すことのできなかった感情も表れやすくなります。それは、ときにこどもを守ることにつながるのではないかと感じています。

いつも隣で見守っているので、こどもたちが伝えたいときに、伝えたいことを、自然体で話してくれます。

いつも隣で見守っているので、こどもたちが伝えたいときに、伝えたいことを、自然体で話してくれます。

少し前、まだ幼かった私のまわりには、向き合ってくれる大人がたくさんいました。親、先生、おつかいに行くとバナナをくれる八百屋のおばさん、ねこ好きな隣のおじいちゃん、祖母のお店に来るお客さんたち。年相応に甘えたり、お姉さんぶって強がったり、様々な顔を見せていたのですが、今考えると、それが多面的な「自分」という存在を保つことにつながっていたんだな、と思います。

地域とのかかわりが希薄になり、こどもたちのもつコミュニティの多くが、塾や習い事など目的をもった場に取って代わった今、こどもたちと向き合う場としてのエコールリーブルが、より多くのこどもたちにとって、「自分」を見せられる場所の1つになっていけたら素敵だな、と思っています。

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(くらうち)

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千葉大学教育学部の学部生を中心に、地元の小・中学生に無償で勉強を教える活動を行う。2013年5月に活動を開始。一人ひとりのこどもと向き合い、彼らのやりたいことや苦手を把握しながら、彼らに応じた学習機会を提供している。HP: https://ecolelibre.jimdo.com/

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