アップデート
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第十二図(エピローグ)「完成」

2017.11.10

私はそれからもあの街に通って、街並みのスケッチを描き続けた。
一枚、また一枚と描き上げる度に、絵を描くことについて新しい発見があって、街という〈作品〉に対する理解も深まっていった。
〈空間デザイン〉科に来る前より客観的に物事を捉えることができている気がするのは、やっぱり第三者からの依頼だったからなのだと思う。自分の思うままに作ることができたこの〈課題〉が何かに似ているとずっと感じていたのだけど――そうだ、そうだ――夏休みの自由研究なのだった。
なるほど、楽しいわけだ。私の腑にすとんと落ちた。
そして、半年以上もの期間をかけたパンフレットがついに完成した。スケッチ自体はいくらでも描き溜めることができるので、より正確にいうなら、「完成させる」ことにした。
まず、用紙のサイズに合わせて地図を直接描き込んだ。PCのデザインソフトに取り込んだスケッチに○や△、◇に◎に☆などの印をつけ、地図上の地点と対応させる。それから縮小したスケッチを並べて裏面に印刷し、観光地に置いてあるガイドマップのように折り畳む。
出来上がった〈作品〉を教授に提出するのは最後の最後にとっておいて、ひとまず制作中にお世話になった街の方々に配りにいった。〈浪漫〉のマスター、〈みかづき書房〉の二代目店主さん、〈コーヒースタンド〉の常連さんたち、それに〈地下廊(=カタコンブ)〉の響子さん――、みんな喜んで受け取ってくれた。

◇…◇

――コーヒーを淹れて、カレーを煮込んでるうちに過ぎてった人生だからね。
――「古書」と「古酒」、古くなるほど味わいが深くなるところも一緒なんですよ。
――モチーフと作風、それに描き手の人生観もが合致した〈作品〉って、もう無条件に美しいのよね。

◇…◇

お店を順々に訪ねていって、いつもと変わらない表情と姿勢で出迎えてもらうと、かつて彼らから聞いた言葉がひとりでに甦ってきた。それぞれの価値観に基づいてやるべきことを淡々とこなす姿が、私の目には凛々しく映った。それが簡単なようで難しいことは、一度挫折した私(や教授)が一番よくわかっている。
〈地下廊〉を後にして訪ねるべきところがなくなったら、パンフレットを作り上げてみんなに渡した達成感はどこへやら、もうこの街に来なくなることに対するさびしさが込み上げてきた。
そのまま帰るのはなんとなく名残惜しくて、気づけば最初に描いた交差点を訪れていた。
時間帯が違えば景色も変わる。夕焼けに染まった空と燈された外灯によってノスタルジックに彩られた光景を目の当たりにすると、スケッチブックを取り出さずにはいられなかった。一度目のスケッチと同じ構図で描き出す。何の気なしに描きはじめたはずなのに、パステルを走らせるうちに熱が入っていく。
未練や後悔がやがて思い入れになるなら、私が感じているさびしさや名残惜しさも思い入れと呼べるものになるだろうか――。そんなことを思いながら、私はそのときの感情を刻み込むように描き上げた。気持ちのこもった〈作品〉が人の心を打つのだ。それを私は教授に気づかせてもらった。
そして、一時的な感情をも超える信念に従って作り込んだ〈作品〉にこそ、響子さんのいう「魂」が宿るのかもしれない。それこそ、響子さんがフランスで出会ったおじいさんが、田園風景に惚れ込んだ土地を「終(つい)の棲家」にするべく移り住んでいたように。その風景はきっと、余生を賭けて描き続けるべき〈モチーフ〉だったに違いない。
私にとってのこの街は、最終地点どころか、原点だ。いつかまた悩んだりしたときには、この街並みを描きに来よう。そう思ったら、ようやく晴れ晴れとした気持ちで帰路につくことができた。
私も、私だけの〈モチーフ〉を見つけなきゃ。そんな気持ちが湧いてくれば、教授の言葉が続けて頭をよぎる。
――作り手たるもの、やるべきことはただ〈作品〉を作ることのみ。
ひとつ完成させたら、また次に取り掛かるのだ。立ち止まってはいられない。
幸いにも、美術大学にいる以上、課題は次から次へと与えられるし、〈作品〉を作り続けなければならない。
今日の〈街と景観〉ゼミでは、教授から卒業制作についての説明を受けた。
実際にキャンパスを使って模擬店や展示スペースなどの空間を創り上げてもいいし、〈街興し〉のビジネスプランのような企画書(=レジュメ)を提出してもいいらしい。そうとなれば完成したパンフレットを卒業制作にしたっていいのだろうけど、私は新しい〈作品〉を作ることにした。
あの街を歩きまわって絵を描いた経験を通して学んだことを〈作品〉に還元するのだ。企画書止まりだっていいから、私らしい、「これが私だ」と誇れるような〈作品〉を――。
アイディアは自分でも驚くほどあっさりと閃いた。
《ある「街」の成り立ち》と題して、私の頭の中にある架空の街が築かれていく様子を追うのはどうだろうか。実際の再開発事業なんかでは、着工場所と開発のメインとなる商業施設などの「完成予想図」は公開されるけど、「街」づくりの過程をたどる〈構築段階図〉はあまり見たことがない。
たとえば、最初は点と点に過ぎなかった喫茶店と古書店にも、出入りする人が重なるうちに交流が生まれて人の流れができ、その線がほかのお店にもつながってさらに人を巻き込んで…という具合にお店と人が絡み合って「街」の輪郭が少しずつ形成されていく。
街の成り立ちを定点観測する〈段階図〉はまだ終わらない。なにしろ「街」は完成を迎えずに変化を続けていくのだ。栄えたり廃れたりしたその先のさらに先、「街」の行く方まで画力だけを頼りに連作(=シリーズ)で描いていって、それをパラパラ漫画のようにつなげてアニメーションにしてもいい――。
イメージは広がり、胸がワクワクで高鳴る。風景スケッチと空間デザインの融合。それはまさに、〈油画〉科から〈空間デザイン〉科に転科して、〈街と景観〉ゼミに所属する私が取り組むべき〈作品〉に違いない。

ゼミが終わると、三々五々散っていく同級生たちを尻目に、私は教授の研究室(=アトリエ)に向かう。
さっそく卒業制作の企画を相談したい気もするけど、今日そこまで話してしまうと次にアトリエを訪ねる予定がなくなってしまうから、また今度に取っておくことにする。
いつものスケッチブックではなく〈アップデート〉したパンフレットを手に持った私は、一度、大きく深呼吸してからドアをノックした。
数秒後、私の〈作品〉を見て目を細める教授の顔が、目に浮かぶ。

かとうかいと
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1986年、東京都生まれ。リベラルアーツを標榜する大学在学中に小説を書きはじめる。卒業後は国立大学付属美術館や私立大学図書館などで働きながら作品を書き溜めたのち、エンターテインメント団体Coochにおいて伊藤カカト名義で第一回連動企画作品〈推定容疑者〉シリーズに参加し、〈ミス・クリミノロジーの不埒な実験〉を上梓。その後も純文学やミステリー、ファンタジーなどジャンルに囚われない創作活動を続けている。web:https://note.mu/mekkemon2017

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