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第十一図「理由」

2017.10.13

「ボクにはもう、遅いんだよ」
今だったら、できるんじゃないですか――。私の訴えに対して、教授はそう答えた。
「チャンスだけなら、いくらでもあったんだよ。それこそ、こうして〈空間デザイン〉科の教授職に就いてからはね」
だったら、どうして…という問いを呑み込んで、私はいつものように教授の言葉が続いていくのを待った。
――でもね、新しい試みは、新しい時代を生きていく人がやるべきなんだ。ボクは一度そのチャンスを逸してしまったし、諦めずに挑み続けなかったのにも理由がある。自分の活動があの街で受け入れられなかったことを顧みたときに、「街にはその街の成り立ちがある」ことに気づいたんだ。街の景観を変えるには、良くも悪くも街を「壊す」勇気が必要なんだ、って。
それは、私があの街のスケッチを描き溜めながら感じたことと似ていた。

◇…〈みかづき書房〉前…◇

私が構図を決めるのに苦心したように、私がスケッチしたこの景観を作った人たちも悩んだのだろうか。ある空間に建物を一棟建てる際には、建てた後の街の景観のことをどれくらい考えるものなのだろう――。
街もまた誰かによって〈作られたもの〉であることを、私は今日、初めて意識した。

◇…◇

――つまり、揺るぎない意志を持ってためらいなく壊せる人こそが街を作っていくものなんじゃないか。そこに思い至ったとき、ボクには勇気ではなくて恐怖心のほうが芽生えていた。大人になった瞬間、と言ってもいいのかな。恐れを知らず、守りになんて入る由もない若い感性をなくしてしまったんだね。
私が話の行方を推し量るうちに、教授の「講義」は続く。
――若者は既存のやり方や固定観念に囚われないし、思いついたアイディアをすぐに実践する行動力もある。彼らによって生み出される野心的な〈作品〉の中には、得てしてその時代や社会に通底する価値観が掬い上げられていくものなんだ。
――自分の〈作風〉を突き詰めるのか、それとも世の中の潮流を見極めるのか、矛盾や葛藤を抱えながら試行錯誤するうちに〈作風〉が定まることもあるだろうし、途中で進むべき方向を見失えばそれは挫折にもなるだろう。
――そうやって迷いながら制作活動を続けていくための燃料が、「自信」なんだ。誰に認められるより先に、まず自分が自分の作ったものを信じてあげなければいけない。そのときよりどころにできるのが――鶏が先か卵が先か、みたいな話にもなるけど――継続こそ力なり、「やり続けてきた」ことだったりするんだ。
教授の「講義」が、私ただひとりに向けて語りかけられていることを感じ取ると、眼の奥のほうが、じわり、と熱を持つ。
――絵はね、対象を目で見て、肩から腕、絵筆を持った手を動かして写し取る。「描く」という作業を何度も何度も繰り返すことで身体に染み込ませていくんだ。ボクなんかは、それを途中でやめてしまったから、今では小手先だけのものしか描けなくなってしまった。
「そんなことないです!」私は思わず感情的に抗議する。「あの街に昔から住み続けてる人たちに先生のパンフレットを見せたら、『なんだか懐かしいね』って、みんな顔を綻ばせたんです。私、それを見て、ああ、絵の力ってすごいんだなって。それに…」
一気にまくし立てる私をよそに、教授はいたって穏やかに続ける。
「もちろん技術の問題だけじゃないよ。精神的な研鑽も必要になる」
「先生が」私の勢いも止まらなかったので、会話はとうとう噛み合わなくなる。「先生が〈みかづき書房〉に描いた三日月だって、今の私が見てもいいと思いました!」
「若いときから絶えず感性を磨いて神経を研ぎ澄ましてきた人間でなければ、自分の〈作品〉や〈作風〉に対して信念を持ち続けられないんだ。どうしても、客観的な見方や考え方をするようになってしまってね」
…わかってる。私だって教授の言わんとしていることはわかってる。他人どうこうではなく、すべては芸術と向き合う自分の問題なのだ。教授は自分のことを卑下しているのでもなければ、〈アートテクチャー〉の活動を続けなかったことや絵を描かなくなったことを後悔しているわけでもない。響子さんとの関係だってそうかもしれない。教授はただ、自分の過去を背負って生きているだけだ。
「私だけじゃないです!」それを感じ取れていたのに、私は揺さぶられた感情を抑えきれず胸に留めていた言葉を吐き出してしまった。「響子さんだって…」
〈地下廊(=カタコンブ)〉のことを話した時点ですでに察していたのか、その名前を耳にしても教授は驚いた素振りを見せなかった。それから笑顔の形に表情を優しく歪めてみせると、食い違っていた話に収拾をつけてくれる。
――あの街にひとつも心残りがないかと言えば、それは嘘になるよ。でも、未練や後悔も時が経てば「思い入れ」になる。印象派の絵画のようにぼやけた記憶の中の景色は、もちろん美化されてもいるだろうけど、その「思い入れ」があったからこそ味わいが薫り立ったのかもしれないね。
…そうだ。教授の頭の中に残るあの街の絵には、優しさと柔らかさが混じり合った〈懐かしさ〉のようなものが滲んでいた。〈作品〉には、その場所にいた自分が感じた温度や雰囲気をそのまま封じ込めることができるのだ。
――年を取ればなにかと郷愁に駆られるものだから、味のあるものは存外に作れるんだよ。だからこそ、若いときにはこれが自分の〈作品〉だ、と誇れるものを作ってほしいんだ。たとえそれが、ほんの〈企画書(=レジュメ)〉レベルだったとしても。少なくとも、他人の〈作品〉と比較ばかりして縮こまっている場合ではないよね。
自嘲と皮肉を合わせて笑った教授のセリフを聞いた瞬間、私がこの部屋を初めて訪れたときに発した一言が脳裏にフラッシュバックする。

◇…教授の研究室(=アトリエ)…◇

――どうして、私なんですか。

◇…◇

その質問の答えに、半年がかりで私はようやくたどりついた。
教授がゼミ生の中からほかでもなく私を選んで〈アップデート〉を依頼したのは、私が〈油画〉科から逃げるように〈空間デザイン〉科に転科してきた経緯を調べてくれたから。そのまま絵を描くことから離れてしまいそうだった私に、かつての自分の姿を重ね合わせたのかもしれない。教授とは同じ道をたどらぬよう、自分のことを見つめ直すきっかけを与えてくれたのだ。
街をスケッチするにあたって制約を一切もうけなかったのは、形式に囚われることなく、自分のやり方でのびのびと絵を描かせるため。本来の表現活動とはどんなものだったかを思い出せば、ブランクが空いてしまう前に絵を描くモチベーションとインスピレーションを取り戻せるだろう、と――。
感情が極まり、熱くたぎったものがじわじわと込み上げる。
「あの街で起きたことを自分なりに消化できたからこそ、〈空間デザイン〉という近い分野で仕事を続けられている。ボクはそう思っているんだ。街づくりの根幹には携わらなかったけど、幸いにしてボクは今、近い未来に街を作り上げていく人間を育てるチャンスに恵まれているしね」
目尻に溜まった液体が零れてしまわないよう、私は眼に力を入れて懸命にこらえる。
――そのボクがね、これまでの教師生活で身に染みて感じたことがひとつだけあるんだ。芸術に身を粉にして捧げる作り手たるもの、やるべきことはただ〈作品〉を作ることのみ。そんな教え子たちを前にした教師にできることは、迷ったときにそっと背中を押してあげることだけ。
嗚咽の声をどうにか漏らさずに最後まで聞き遂げた私は、一滴だけ涙を落としてしまった〈地下廊〉の絵を、スケッチブックから破り取る。
そして、滲んだ視野の中にある教授の顔を見据えた。
「この絵は、先生が持っていてください」

かとうかいと
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1986年、東京都生まれ。リベラルアーツを標榜する大学在学中に小説を書きはじめる。卒業後は国立大学付属美術館や私立大学図書館などで働きながら作品を書き溜めたのち、エンターテインメント団体Coochにおいて伊藤カカト名義で第一回連動企画作品〈推定容疑者〉シリーズに参加し、〈ミス・クリミノロジーの不埒な実験〉を上梓。その後も純文学やミステリー、ファンタジーなどジャンルに囚われない創作活動を続けている。web:https://note.mu/mekkemon2017

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