三十路男子のリアル西千葉ライフ
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Vol.9 失ったと思っていたら

2017.09.24

突然ですが、先月の頭に右脚を骨折をしてしまいました。毎月近くの体育館で友達とバスケをしているのですが、その最中のことでした。現在進行形で大変なので、今回はこのことについて書いてみようと思います。

医師の診断結果は脛骨(脛の骨のうち、太い方の骨)の剥離骨折というもの。靭帯や半月板損傷の恐れもなくはないということで、少なくとも暫くバスケはできませんし、自分の日常生活にも確り支障が出てしまいそうなので、かなりテンションが下がりました。

3週間ほどは膝を固定した状態で過ごさねばならず、これがどうにも大変でした。太ももから脛にかけてがっちり固定しているので、先ず歩行が困難です。かなりゆっくりしか歩くことができません。階段の昇り降りなどは言わずもがな。骨折していない方の脚にしか体重をかけられませんから、2倍以上の時間がかかってしまいます。トイレの個室が狭いと脚が引っかかって大変ですし、装具を外して浴びるシャワーなんて、膝に気を遣うので辟易してしまいます。何より、できるだけ安静にする必要がありますので、そもそも歩くこと自体があまりできませんでした。

人間、ちょっと物を取りに行くにも、何か用を足すにも、普段意識しない細々したことをやるにも、歩くなり脚の曲げ伸ばしなりを結構しているものだということに、歩けなくなって初めて気づくものらしいです。少し何かをしたいときでも、自分ではできず、奥さんに頼まないとできなかったりするこの状況は、最終的には何でも自分が動けば事足りるというのが当然だったわたしにとって、結構フラストレーションが溜まるものでした。

とは言え、このような状況でも、多少は動きつつ暮らしていかねばならないわけです。自分が生きる上で必要なあれやこれやもありますし、仕事のやりとりもせねばなりません。フラストレーションばかり溜めていても何も進みませんから、あまり動けない状態でどうするかを考えるようになります。一度の移動でできる限り多くの物事を処理するようになりますし、そもそも自分にできないことや、他の人に頼むことでクリアできることなどが見えてきます。以前だったら動きながら考えていたことでも、一呼吸置いて、やり方を考えてから始めるようになりました。というか、そうでないと物事が進められないから、そうせざるを得ません。

そうやって暮らしてみると、何となくやっていたけど実はやらなくていいことや、人にお願いしたら意外と快くやってもらえること、そして自分がやる必要のあることというものの違いが、少しずつ見えてきたような気がします。普段の暮らしなら特に不便も感じないために整理されない部分が、動けないことによって勝手に整理されていったような感じでちょっとスッキリしたのを覚えています。

さて、怪我から3週間後。装具を外すことはできたのですが、今度はリハビリが待ち構えていました。装具で固定していると、使っていない筋肉がどんどん落ちてしまうので、以前のように力を入れることができません。筋肉が戻らないとそもそも普通に歩くことができませんし、歩くときに結構膝が痛かったりするので、もう必死です。一日のどこかで必ず時間を設け、教わったメニューに只管取り組む日々が続きました。そして、今も続いています。

筋肉が自然と動いていたことで成り立っていた動きを、一つひとつ意識して取り戻していくのは、なかなか新鮮で面白い作業だったりもします。筋肉に正しいタイミングで力を入れられないと歩くことができないということだったり、普段無意識に行っていた動きが現時点では殆どやってはいけない動きとなっていたり、それこそ一歩を踏み出すことにも細心の注意が要るので非常に疲れるのですが、これだけ自分の体を意識したことは、今までの人生で一度もなかったのではないかと思います。そして、健康な体であることに甘んじて、結構自分を雑に扱っていたんだということにも気づかされました。

そしてこのリハビリ、要は地道な筋トレなので、体にはなかなかの負荷がかかります。通常運動の習慣をつけようと思っても、疲れるのは大変ですしなかなか続かない、というのが人の性というものです。が、殊リハビリに関しては、やればやっただけ自分の体が楽になるので、自分にとっての報酬が非常にわかりやすい。結果、真面目にせっせと続けてしまう、というのもなかなか面白い発見でした。このままいくと、きっと否応無く筋トレの癖がついていくことでしょう。と、結構悪くない感じがしてきますね。

大怪我自体は、五体満足な自分や円滑な日常生活を失うに等しいものだと思いますし、正直かなりショックでした。でも、怪我をした自分と改めて向き合ってみると、自分の認識や行動が色々と刷新され、得るものが結構多かった。意外にも悪いことばかりではなかったわけです。「人間万事塞翁が馬」という言葉がありますが、一見問題にしか思えないことでも、それがどう転じるかは、本当にわからない。ともすれば、自分が「問題」だと思っているものをよくよく目を凝らして見てみると、全く異なる景色が見えてくる。なんてことは、往往にして起こり得ることなのかもしれません。

ということで、わたしに思わぬ福音を運んでくれたこの大怪我ですが、MRIで診てもらったところ、新たに前十字靭帯の損傷が判明しました。よって10月に手術の予定です。そこからは松葉杖となり、半年以上のリハビリ生活が始まるとのこと。得るものは多かったですし、これからも発見がありそうな気はするのですが、金輪際大きな怪我はしたくないものですね。もし街で私を見かけることがあったら、是非優しく接してください。お見舞いはいつでも歓迎です。

三瓶 伊万里
三瓶 伊万里 | 記事一覧

1984年、福島県生まれ。大学がリベラルアーツを標榜することから、所属は教育学科ながら、他領域の学問にも自由に触れる経験をする。07年に住友商事(株)に入社、鉄鋼事業に従事する。サラリーマンとしての暮らしの在り方に疑問を持ち始め、まちづくりに携わりたいという想いを強くする中、同社を12年に退社。同年(株)北山創造研究所に入社する。14年には同社を退社、現在は新たな社会の在り方を研究しながら、実践の可能性を模索している。

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