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第八図「散策――ギャラリー〈地下廊(=カタコンブ)〉――」

2017.07.14

地下へと続く細い階段に気づかぬまま通りすぎてしまいそうなそのお店に目を留めたのは、絵の具の香りが、つん、と鼻についたからだった。
それがお店の看板なのだろうか、壁に打たれた釘に、小さい黒板を収めた額縁が吊るされている。黒板にはチョークで「地下廊」と書かれており、その上には「カタコンブ」という読み仮名が振ってある。
――何のお店なんだろう?という疑問がまず浮かんで、それに続いて――「カタコンブ」って確か…――という疑念が湧く。
ライブハウスのような空間をイメージしながら階段を降りると、磨りガラスのはまった扉が現れた。中の様子が見えないし〈地下廊(=カタコンブ)〉という店名を見れば少し勇気も要るけれど、ここまでの〈街歩き〉で身に着けた行動力を発揮した私はためらいなく店に入る。
想像していたよりも狭く細長く、それ以上に暗かった空間は蝋燭(ろうそく)を象ったランプによって薄ぼんやりと照らし出されている。部屋の薄暗さに目が慣れると、店内は〈作品〉で溢れていた。壁面には額縁に入った絵や写真が隙間なく飾られ、壁に打ち付けられたカウンターテーブルの上には小さな彫刻や現代美術風のオブジェが並び、大ぶりの花瓶に入った生け花の制作物まで置かれている。
「あら、いらっしゃい」
珍しいわね、というニュアンスで迎えてくれた声の主は、イーゼルとキャンバスの前に立っていた。感じのよい中年女性だけど、その佇まいは凛としていて見るからに芯が強そうだ。右手には絵筆、傍らの机には油絵具のパレットが置かれている。おそらく、花を描いているのだろう。
その後ろ、奥の壁にかかった一枚の絵に私の目は釘付けになる。どこか見覚えのあるような、なつかしい感じのする田園風景のスケッチだ。淡くぼかされたタッチに〈印象派〉という単語が頭をよぎるが、じっと見惚れているわけにもいかない。
「あの、ここは…、どういうお店なんですか?」
「画廊よ。名前の通り、ちょっと特殊な画廊だけど」
画廊――。名前について触れられたので、思わずさっき浮かんだ疑念もぶつけてしまう。
「その、〈カタコンブ〉というのはたしか、『地下にあるお墓』のことだったと思うんですけど」
そう尋ねると、画廊主さんは目を見開く。
「驚いたわねー。よく知ってるじゃない」
「あ、美術大学に通ってるので、たまたま知ってたんです」
「まあ、美大生だったの!どうりでここにひとりで入って来れるわけね」親近感を抱いてくれたのか、画廊主さんの声色が明るくなる。「私も美大卒で、芸術学専攻だったのよ。西洋美術史の分野で学芸員(=キュレーター)の資格をとって、ここを開くまではずっと美術館に勤めててね」
「え、そうなんですか」
私も彼女と同じように目を見開いてしまう。
「そうなの。あ、〈カタコンブ〉のことだったわね。地下空間に開いた画廊だから、『地下牢』(=ダンジョン〉と『地下墓所』(=カタコンブ)をかけてつけたの。その名の通り、ここにある〈作品〉は、私がこのまま幽閉して埋葬するのよ。〈カタコンブ〉に葬られた遺体が、二度と陽の光に晒されることなく永久の眠りにつくように、ね」
画廊主さんの決意に満ちた物言いに対して適当な相槌を見つけられずにいると、彼女は先を紡ぐ。
――芸術作品の大多数は、特定の個人のもとに留まるの。人から人へとめぐりめぐったり美術館に展示されたりする〈作品〉はほんの一握り。だとしたら、その〈作品〉をもっとも愛してくれる人のそばに置かれてこそ、作り手冥利に尽きるってものでしょう。そして、人が〈作品〉を愛するということは、一生をかけて添い遂げることだと思うの。
彼女の目を見据えて頷いてみせることで、そこからさらに続く言葉を待つ。
――私は、ここに展示してある〈作品〉と死ぬまで寄り添うことを決めたの。私より愛してくれる人が現れたら、晴れて『釈放』ね。このまま葬られる〈作品〉にも作り手の魂が込もっているから、この画廊に来た人に見てもらうことが『鎮魂』になる。
「埋葬」、「添い遂げる」、それに「鎮魂」――。
あたかも自分の惚れた〈美術作品〉と心中せんとするような口ぶりには、狂気とは呼ばないまでも、執念じみたものを感じる。あるいは、この〈地下牢〉には画廊主さん自身も囚われているような…。
――ちょっとねちっこいかもしれないけど、〈作品〉を展示するには明確なコンセプトあってこそ。それがキュレーターとして培った私の経験則であり矜持ね。この画廊は、私のたどりついた究極の展示形態なの。
美術業界で生き抜いてきたことで勝ち得た自信と誇りを目の当たりにした私は、神妙に頷くことしかできない。芸術に携わるということは、芸術に身を尽くすということなのだ。
この店を訪れる人の共感を得られるかはさておき、画廊の名前に込められたコンセプトと展示表現はしっかり合致している。この街に来て何度も同じようなことを思っているけど、このお店自体が彼女の〈作品〉なのだ、ということを、私は強く実感する。

◇…〈みかづき書房〉…◇

――つまりは本の一冊一冊も〈浪漫〉のカレーや教授のパンフレットと同じ〈作品〉なのだ、という単純な事実にも遅れて気がついた。
――街もまた誰かによって〈作られたもの〉であることを、私は今日、初めて意識した。

◇…◇

「本」や「カレー」、「コーヒ―」といったひとつひとつの店の商品が漏れなく〈作品〉であることは言わずもがな、それを売るために構えられた空間である〈浪漫〉や〈みかづき書房〉、〈コーヒースタンド〉もまた〈作品〉なら、それらの店舗が並ぶ街もやはり〈作品〉になるのだ…!

街について思い至ったところで、私は肩にかけていたトートバッグからスケッチブックを取り出す。
――人に物を聞くには、自分のことから明かすべし。
「大学のゼミの課題で、この街のパンフレットを作ってるんです。その一環で、街についてのお話も伺ってるんですけど」
制作中の実物を見せれば、相手は自然と知っていることを話してくれる。
「教えてあげたいのはやまやまなんだけど、実は私、長いことこの街を離れてて、久しぶりに戻ってきたのよね。美大を出て専門学校の助手をしていた頃だから、三十年ぶりくらいかしら」
三十年ぶり、それに専門学校の助手…教授がこの街に暮らしていた時期と背景が合致している。
ひょっとすると、この女性は――。
「そうだったんですね」直感が働いて、〈みかづき書房〉のスケッチのページを開いた。「こんな風に、この街にある風景を描いているんですけど」
「あら、なつかしい。〈みかづき書房〉じゃない」画面を見た彼女は思わず目を細める。「三日月の絵も塗り直したのね」
「あ、その三日月の絵って、昔からあったんですか」
教授には一言も触れられなかったから、てっきり外壁を塗り直したときに新しく描かれたのだと思ってたけど…。
「そうよー。私も描くの、手伝ったんだから!」
私にとって思いがけない事実を嬉しそうに教えてくれる。
「え…?」
「昔住んでた頃は、この街の人たちと不思議な縁でつながってたのよね。ほら、言うでしょ、縁は異なもの、味なもの、って」
――教授と、同じセリフだ…!
そこで私の直感は確信に変わる。三十年ぶりにこの街に戻ってきた彼女が囚われているのは、教授の背負っているのと同じ〈過去〉なのではないか。
そして、その〈過去〉を暴くというミッションの「主人公」として街歩きを続ける私は、いつかはこの〈地下牢(=ダンジョン)〉を攻略しなければいけなかったのだ。下手をすると、〈カタコンブ〉を悪戯に引っ掻き回す〈墓荒らし〉になってしまいかねないことまで覚悟しながら、私は画廊主さんに本当のことを告げる。
「このスケッチなんですけど、実はゼミの課題じゃなくて、ある人に描いてくるように頼まれたんです」

かとうかいと
かとうかいと | 記事一覧

1986年、東京都生まれ。リベラルアーツを標榜する大学在学中に小説を書きはじめる。卒業後は国立大学付属美術館や私立大学図書館などで働きながら作品を書き溜めたのち、エンターテインメント団体Coochにおいて伊藤カカト名義で第一回連動企画作品〈推定容疑者〉シリーズに参加し、〈ミス・クリミノロジーの不埒な実験〉を上梓。その後も純文学やミステリー、ファンタジーなどジャンルに囚われない創作活動を続けている。web:https://note.mu/mekkemon2017

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