アップデート
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第七図「散策――私鉄駅前の〈コーヒースタンド〉――」

2017.06.09

それからも、私は向山教授のかつて住んでいた街に通い続けた。
前から街に行く日は一日がかりだったけど、回数を重ねるごとに滞在時間は増えていった。朝起きたらすぐ支度をして街に出向く。帰路につくのは決まって日がとっぷりと沈んでからだ。
増えた分の時間を使って、私は多くのお店に足を運んだ。夕方からしか開かないジャズバーに学生がたむろするアメリカンダイナー、お香が焚かれるアジアン雑貨屋さんに熊さんみたいな店員さんのいる登山グッズ店――。純喫茶〈浪漫〉にもカレーライスを食べに行ったし、〈三日月バー〉の営業日に遊びに行ったときには、古酒をちびちび味わったりもした。(前に約束した通り、〈みかづき書房〉の外観のスケッチをプレゼントして、そのかわりに古書を二冊選ばせてもらった)。
スケッチブックと画材を入れたトートバッグを携えて、さしたる観光スポットのない街の中を路地から路地へとくまなく歩き回っていた私は、住んでいる人の目から見たらいささか浮いていただろうか――?
でも、私自身は少しも浮き足立つことなく、むしろしっかり地に足をつけて〈街歩き〉に邁進していた。その成果は、遅々として進まなかったパンフレットの地図ページにはっきりと表れている。
一枚ずつ増えていったスケッチの中では、私鉄電車の――私が毎回利用しているJR線ではないほう――駅のすぐ脇に建つ建物の屋上にこっそりお邪魔して、駅前の並木通りの風景を描いた〈俯瞰図〉がお気に入りだ。
画面の手前を線路が横切り、踏切の向こう側に伸びる一本道の先には欧米の道路を思わせるロータリーがあって、画面左側には淡いパステルカラーで塗られたモダンな建築の小学校が建っている。
それまでのスケッチにはなかった構図――高さと角度、それに奥行き――で写し取っただけでなく、商店がちらほらと並ぶ駅前通りの生活感から黄昏の並木道に漂う素朴な情緒まで、街の地域性がよく浮かび上がっていて、パンフレットの主旨に合致した絵となっている。それを描けたときに湧き起こった嬉しくも誇らしい感情は、「自画自賛」という言葉で表現されて然るべきなのかもしれない。
そうして住宅街や公園などの街の風景を一枚、また一枚と描き重ねていくうちに、これは前にも少し感じたことだけど、街並みの見え方がみるみる変わっていった。

◇…〈みかづき書房〉前…◇

街を描くということは――少し大げさだけど――街の現在の姿を描き留めるだけでなく、作られてきた街の来し方をも描き起こしていく作業でもあるのかもしれない。ひょっとすると、描き手が無意識のうちに感受した街の行く方の幻影までもが画面の中に滲み出てきたりして――?

◇…◇

――前はどんなお店だったんだろう。
何の変哲のないお店ひとつとっても、昔の面影に想いを馳せるようにもなるにつれ、街を訪れれば訪れるほど「前とは違う視点で描けそう」だと思うようになった。自分の内奥(ないおう)に迫っていく、というとなんだか大げさだけど、絵を描き続けるうちに、こんな引き出しもあったのか…!と絵を描く私自身のことを知るようになっていった。あたかも、絵を描くという行為によって、私という人間の内面が勝手に浮かび上がってくるかのようだった。
自分の知らなかった自分を知り、それを踏まえた上でまた新しい〈作品〉に取り掛かる。自分の奥底から湧き出ずるインスピレーションを次々に具現化していくその作業を、果たして「芸術活動」という言葉で表すことができるだろうか。一人ぼっちでそれを繰り返していると独りよがりにもなってしまいそうだけど、私には教授がいてくれた。私の感じてきた変化や手応えが私だけにしか持てない感覚なのか、それとも画面を通じてほかの人も感得することができるものなのか、教授に絵を見てもらうことで確かめることができた。
その過程で気がついたのは、作り手の〈画題(=テーマ)〉や〈作風〉は、必ずしも本人の明確な意志によって確立されるものではないのかもしれない、ということ。たとえば、実際のところはよく知らないけど、「睡蓮」の絵を何枚も描いた印象派の画家クロード・モネも、本人がそのモチーフを「これが自分のテーマだ」と最初から意図していたとは限らないのではないか。それよりも、描いてみたらなんとなく心の奥のほうをくすぐられるところがあって、自分の感性や衝動の源泉を見出そうと繰り返し描き重ねるうちに「睡蓮」の〈作品〉が増えていった――。そういう解釈のほうが、教授に依頼されたパンフレットのスケッチに自分なりの〈作風〉を探り当てつつある私にはしっくりきた。

街には、毎回立ち寄る行きつけのお店もできた。
私が屋上に忍び込んだ建物の一階にある、こじんまりとしたコーヒースタンドだ。
コーヒーを焙煎する芳醇(ほうじゅん)な薫りに吸い寄せられて覗いてみたら、そこには私の見たことのない空間が広がっていた。「スタンド」というからには、お客さんがカウンターで立ち飲みをしていくのだけど、その様子がなんとも小洒落ているのだ。ご近所の常連さんが入れ替わり立ち替わりやって来ては、マスターや居合わせた顔見知りのお客さんとコーヒー片手に近況を交換し合う。滞在時間はほんの数分ということも。決して長居はせず、お客さんの誰もが名残惜しさを見せることなくサッとお店を後にする。常連さんたちが立ち話をしてからそこを立ち去るまでの一連の流れが、どうしようもなく格好よろしく私の目には映ってしまった。「粋」とか「乙」という言葉はきっと、こうしたコーヒーを嗜む大人同士のツボを押さえた関わり合いのことを指すべきなのだ。
私の専攻する〈空間デザイン〉の観点からしても、このお店の存在意義は見逃せない。ここが触媒となって、地域の人々やお店とお店との関わりが活性化されているようにも見えるのだ。たとえば、同じ通りにある酒屋さんが隔週で開く試飲会や、洋食バルが月に一回コース料理を振る舞う会などには、この店から広がる口コミを聞きつけた人たちが集まってくるんだそうだ。
そして、その効果は「絶賛パンフレット制作中」の私にも波及した。何回か通ううちに私のことをマスターが常連さんに紹介してくれるようになって、それならうちの店に寄っていきなよ、うちにも遊びにおいでよ、と、お店からお店へつながりが連鎖していった。
そうして誘われるまま訪問していった先々で、私に〈アップデート〉を依頼した教授が住んでいた頃の街のこと、教授がこの街で起こそうとした〈アートテクチャー〉の動きについて聞き込んでみたものの――パンフレットの地図とは対照的に――その成果は芳しくなかった。さすがに数十年もの月日の隔たりは大きく、当時から続いていたお店は片手で数えるほど。教授の過去につながる情報はいずれも断片的なものばかりで、有力な手がかりはなかなか得られなかった。
暗礁に乗り上げたわけではないけど進展がそれほど見られない調査活動について、私は「だんだん真相に近づいてますからね」という素振りとニュアンスで教授に報告してきた。
これは、ただ虚勢を張って強がっていたわけではなく、根拠なき自信に似た感覚があったからだ。情報の断片をジグソーパズルみたいにつなぎ合わせていく作業は、地図制作の工程とどことなく似ていたから、根気よく続けていけばきっと輪郭が浮かび上がってくるはずだ、と。
そんな風に、気長に、そして楽観的に構えていたそのときの私には、直後に待ち受ける激動の急展開に思いを馳せる縁もなかった。

かとうかいと
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1986年、東京都生まれ。リベラルアーツを標榜する大学在学中に小説を書きはじめる。卒業後は国立大学付属美術館や私立大学図書館などで働きながら作品を書き溜めたのち、エンターテインメント団体Coochにおいて伊藤カカト名義で第一回連動企画作品〈推定容疑者〉シリーズに参加し、〈ミス・クリミノロジーの不埒な実験〉を上梓。その後も純文学やミステリー、ファンタジーなどジャンルに囚われない創作活動を続けている。web:https://note.mu/mekkemon2017

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