アップデート
_DSC1637

第六図「報告2――〈アートテクチャー〉――」

2017.05.12

〈みかづき書房〉を二枚目のスケッチに描いた私は、教授への二回目の〈報告〉に臨む。
例によって〈街と景観〉ゼミの前に地図制作を進めようとしたものの、新しく描き込むところがほとんどなかった。それもそのはず、〈みかづき書房〉に行った日は、初回とほぼ同じ界隈しか歩いていないのだ…!でも、あの街を繰り返し歩き回るうちに、私の頭の中に私なりの地図が自然と形作られていくものだろうから、まあ焦る必要もないだろう。
ゼミを受け終わったら教授の研究室の扉をノックして、挨拶するよりも先にスケッチブックを押し付けた。
私の絵を見た教授が目を細めたところまでは、前回と切って貼ったように同じだったけど、今回はそれから顔が優しげな形に綻んだ。
「まだ、あったんだね…」
教授はずいぶん感慨深い様子だ。〈浪漫〉は年賀状のやりとりで去年まで営業していることを知っていたけど、〈みかづき書房〉については未知数だったのかもしれない。
「建物は塗り直されていたみたいでしたけど。私の絵でそれもわかりますか…?」
「うん。それに、古さはちゃんと表現できているよ。この絵からは、数十年もの期間にわたって続けられてきたお店の重みと深みをちゃんと見て取ることができる。そしてそれは、これが絵である以上、非常に価値のあることだ。ややもすれば、それはきれいな色がきれいに塗り重ねられている以上に大切なことだったりする。こうして、人の心を打つことができるんだからね」
その言葉を有難がったのは表情や仕草でバレてしまっていると思うけど、だからこそあえて気のない素振りで私は話を続ける。
「お店の中はすごいことになってましたけど。もう床のいたるところに本が切り株みたいに積んであって」
「それも、変わらない感じだなぁ…。ということは、あのときのあの坊ちゃんが、大人になって店をやってるってことなのかな」
教授に思い出したように聞かれる。
「はい。ちゃんと二代目に受け継がれてました。三十三歳になったそうです」
〈みかづき書房〉の店主さんのことを教授は「あの坊ちゃん」と言い、そんな教授自身は浪漫のマスターに「あの子」と呼ばれる。その時間の隔たりを前にして、私は少し気が遠くなる。
「教授が一度買った建築の本を売って、また買い直した記録が台帳に残ってましたよ」
私は〈みかづき書房〉で撮ってきた写真を教授に見せて、うまくお茶を濁された前回に続いて教授の懐に入ろうと試みる。

◇…研究室(=アトリエ)…◇

「建築が、ご専門だったんですか」
「昔の話だけど、建築にはたしかに並々ならぬ興味を抱いてはいたね。〈空間デザイン〉科で〈街と景観〉ゼミなんて開講していると、未練がましく思われそうでしゃくなんだけど」

◇……◇

「そうだ、そうだ。あそこはスナックだった店を居抜きで古本屋にしたから、カウンターを活かして酒場に変わることがあったんだよ。そうなると店主もお客も酔っ払うから、そのときの売り買いには帳簿をつけるようになってたんだっけ」
「はい。まだカウンターも残ってて、今は三日月の日にバーになるそうです」なんとなく話を逸らされかけたけど、今回はもう少し問い詰めてみる。「先生は、建築の方面に進もうとしていたんでしょうか」
教授は苦笑いを浮かべ、観念したようにため息をつく。
「建築を専門に、というとちょっと違うんだけどね」
少し遠い目をした教授は、ゴホン、という咳払いを挟んでから話しはじめた。いつもと同じ、話がいったん切れてはまた付け加えるような語り口、で。長い話になるのだろうとすぐに察知した私は、無駄口を挟まず耳を傾けることにした。
――古い話になるけど、ボクはね、建築と美術を融合させたかったんだ。〈アートテクチャー〉なんて言葉をつくって喧伝(けんでん)したりしてね。端的に言うなら、建物の外壁一面に、落書きでも看板広告でもなく、「絵」の描かれてあるような建物を作りたかったんだ。
――「絵」それ自体は、極端な話、著名な作品の模写や引き延ばしでもよかった。葛飾北斎の浮世絵でも、伊藤若冲の図屏風でもね。武家屋敷や合掌作りの古い家屋だけでなく、普通の建築物がアートの工夫によってその街のランドマークになってもいいと思ってね。
私が同意を示すように頷くと、教授の語りは知らず知らずのうちに講義の形式を取った。
――日本が遅れてるとは言わないけど、海外はもっと大らかなんだな。ヨーロッパはどの国も街のあちこちに彫刻が溢れていて建築と芸術が融合しているし、アメリカはストリートの落書きに端を発したグラフィティ・アートを認めた。ウォーホル、キース・ヘリング、バスキア。美術史という枠組みからすると、〈下位文化〉(=サブカルチャー)とも訳されてしまうものを容認する懐の深さがある。
――そこに憧れがなかったとは言えないね。美術の分野で身を立てようとするからには、新しいことをはじめる必要があると思ったんだ。でも、店や建物を所有していない自分が売り込むとなれば、他人の物に口を出すことになる。第三者――それも一介の美術専門学校の助手――が何を言い出す、というのも分かるけど、あらゆるものがアートに対してオープンであるべきだとボクは信じていた。
それを聞いて、〈みかづき書房〉の外壁に描かれた三日月の絵さえもどこか目新しく思った自分を私は思い出した。教授の若かりし頃から三十年ほどの時間が経ってもなお、店舗の外壁に大きな絵が描かれることが当たり前として浸透してはいないのだ。
――いろいろ悩んだ末に目をつけたのが、銭湯絵師だよ。あの街にあった銭湯の絵を描いた銭湯絵師の方に話を持ち掛けて、赤富士など銭湯特有の絵に囚われない、純粋な芸術として〈壁画〉を描いてくれたら素敵だと思ってね。そうしたら、意外や意外、好意的な反応をもらえて、それで気をよくしちゃったんだ。
――話を聞いてもらおうと不動産屋をまわったり、行政の方面にもお伺いを立ててみようとしたりしたんだけど、順番を間違えてたんだね。狭い街だからすぐ耳に入ってしまったようで、自治会のお歴々の方々は企画を説明する前からカンカンだった。よそから来た若造がうちの街で好き勝手に奇抜なことをはじめるな、やりたいならほかの街に行け、ってさ。
――こちらはこちらで、人々の間に定着した固定概念を打ち破るのがアートの力だ、とさらに息巻いてしまってね。驕りと昂りがあったんだな。変化に富んだ時代の空気にあてられて、湧き上がる自分の情熱に浮かされて、「若気の至り」と言ってしまえばそれまでだけど、確信があったばっかりに行動ばかりが先行してしまったんだ。
――まず地元の方と関わりを持って自分のことを知ってもらって、その地域の歴史や背景について教えてもらう。その上で、必要な手続きを踏みながらやりとりを積み重ねる。たとえ首を横に振られたとしても、妥協案や折衷案を用意しておくなり、都度対応できるように交渉のステップを組み立てておく。それこそ「建設的な」アプローチが必要だったんだ。結局、自治体の条例や建築関連の法律について調べるまでもなく計画は頓挫してしまったよ。
教授はそこで大きな息をついた。それが、さっき気が遠くなった年月をまるっと超えてきたため息なのかと思うと、私からは返す言葉がない。
そんな私を見かねて、教授は優しい口調で続ける。
――でもね、時代の最先端を突っ走ろうとする気概を持っていたことは今でも誇らしいし、得がたいものも得られたんだ。「縁は異なもの、味なもの」でね。一緒に闘ってくれた仲間と、応援してくれた人たちだよ。
――そういう志を共にするような仲間はね、同じ大学で学んで同じ仕事に励んだからって見つけられるわけでもない。自分から高らかに声を上げて、「やまびこ」を返してくれる相手を探し当てるんだ。しかも、未来への希望に溢れた若者同士でこそ、それはより強く共鳴する」
私はそこで久しぶりに口を開いて、発言を控えて溜め込んでいた分、いきなり核心に迫るための言葉を差し挟む。
「教授が交際していた女性の方も、そのお一人なんですか」

かとうかいと
かとうかいと | 記事一覧

1986年、東京都生まれ。リベラルアーツを標榜する大学在学中に小説を書きはじめる。卒業後は国立大学付属美術館や私立大学図書館などで働きながら作品を書き溜めたのち、エンターテインメント団体Coochにおいて伊藤カカト名義で第一回連動企画作品〈推定容疑者〉シリーズに参加し、〈ミス・クリミノロジーの不埒な実験〉を上梓。その後も純文学やミステリー、ファンタジーなどジャンルに囚われない創作活動を続けている。web:https://note.mu/mekkemon2017

  • facebook
  • twitter
  • google+

関連記事

  • 第五図「散策2――〈みかづき書房〉のスケッチ――」

  • 第七図「散策――私鉄駅前の〈コーヒースタンド〉――」