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第五図「散策2――〈みかづき書房〉のスケッチ――」

2017.04.15

さあ――。
店の外に出て〈みかづき書房〉の外観を視野におさめた私は、満を持して描きはじめた。と、言いたいところだけど、そんな簡単に私のパステルは走らなかった。
スケッチの構図を決めるのに、しばらく考え込んだのだ。
交差点を中心とした街並みを描いた前回と違って、今日の絵は建物が主役になる。真正面に据えるか、少し角度をつけて左右・斜めに傾けるか、それよりもっと背景を広く取って遠景に溶け込ませるように描くか、建物をより引き立てるにはどういう構図にしたらいいのか…店先の鉢植えやじょうろ、箒(ほうき)などの生活感のある小物も活かしたいし、昼下がりの住宅街のゆったりとした時間の移ろいまで画面に描き起こすには――。
白紙のキャンバスを前に――実際はイーゼルさえなくてただのスケッチブックだからなおさら――悩めば悩むほど、自分がひとかどの絵描きになったようでなんだか滑稽な気持ちにもなるけど、直観に従っていくつかの構図のうちからひとつを選び抜いた私は、ようやく握ったパステルを紙の上にのせる。
構図が定まったら、あとは描くだけだ。
私だけの視点で、私にしかできないタッチで、一気に、一心不乱に、一意専心に、描き上げる。そこにある風景をただ写し取るというよりは、実際の光景と私の眼に映った景色とを擦り合わせていくような作業だ。奥行きと立体感を出して写実的に描写してみては、あえて色を厚く塗り込んで平面にデフォルメする…その工程を繰り返しているうちに、私の絵は作り上げられる。
この景色を、世界に一枚、いや一か所だけの「絵の中の場所」にするのだ――。
そんな意識が頭の片隅にあったからか、それともただスケッチに没頭したからか、完成が見えてきたところでふと我に返れば、ここがどこなのだったか、そもそもこの絵を描いていた自分自身がどこの誰だったか――ここはどこ、私は誰――なんだか曖昧になっている。その感覚の余韻の中で自分の描いた絵を見直してみると、じわじわとひとつの想いが湧いてくる。
――この絵に描かれた場所はたぶん、日本の、この街の、この界隈でなければならないけど、この絵を描いた私は、日本人どころか、世界の、どこの誰でもかまわない。
私の名前よりも、この〈作品〉が世の中に残ればいい。そんな感覚に近いだろうか。「作品が作者の手を離れる」とは、こういうことなのかもしれない――。
きっとこんな風な気持ちで、あらゆる絵描きたちがあらゆる場所の絵を描き残してきたはずで、途絶えることなく続けられてきた「営み」に私も関与できていると思えることが、嬉しいような、誇らしいような気持ちになる。
今まで――少なくともゼミの〈ポートレート〉に載せた絵を描いたときは――そう思わなかったのは、たぶんこの街が私にとって見知らぬ土地だから。そこまで遠くはないにせよ、ここに来るまでに移動した時間と距離感を私の頭と身体は覚えていて、旅先にいるような〈非日常感〉が、景色を捉える視野(思考も?)に奥行きをもたらしているのだ。
それを裏付けるように、何てことのない街並みをたった二枚スケッチしただけで、街そのものや街を描くことに対する私の思考は深まっているように感じる。さっき頭にインプットしたのは、「街並みの構図を作るのは建物」で、その「建物は主役にも脇役にもなる」ということ。
さらに、感じたことがもうひとつ。
私が構図を決めるのに苦心したように、私がスケッチしたこの景観を作った人たちも悩んだのだろうか。ある空間に建物を一棟建てる際には、建てた後の街の景観のことをどれくらい考えるものなのだろう――。
街もまた誰かによって〈作られたもの〉であることを、私は今日、初めて意識した。
そして〈作品〉でもあるはずの街が「完成」することなく変化を続けていくとなれば、自然と街の成立ちや先行きにも関心が向いた。つまるところ、街を描くということは――少し大げさだけど――街の現在の姿を描き留める(かきとめる)だけでなく、作られてきた街の来し方をも描き起こしていく作業でもあるのかもしれない。ひょっとすると、描き手が無意識のうちに感受した街の行く方(ゆくかた)の幻影までもが画面の中に滲み出てきたりして――?
知らぬ間に〈街と景観〉ゼミの内容に近いところまで私の思考は及んでいるけど、よくよく思い返してみれば、それもこれもこの〈任務〉を打診されたときの教授のセリフにすべて集約されていたような…。

◇…教授の研究室(=アトリエ)◇

――昔は前衛的な建築も多かったし、とかく移ろいの絶えない街だったから、街の歴史や変遷も見えてくるだろうし、描くにあたっては構図や空間デザインの勉強にもなると思うんだ。

◇…◇

私はそこで、初めて教授のことを疑った。
まさか、私だけでなくほかのゼミ生にもそれぞれ似たような〈任務〉を与えて勉強させているのかも――。
そんな疑念に対する私の反応は、自分でも思いがけずあっけらかんとしていた。
――それなら、それでもいいや。
きっかけはどうあれ、私は純粋に絵を描くことを楽しめている。
そもそも、誰かに頼まれて絵を描くこと自体、ずいぶん久しぶりだった。大学に入る前は予備校で、入学後は授業での課題をこなすことばっかりで、自由な気持ちで絵筆を握る機会を失っていた。そのうちに絵を描く楽しさを忘れ、まわりの生徒と自分の絵を比べては描くことをこわがるようになった。
でも、前回の〈報告〉で、自分の思うままに描いた絵を認めてもらえた私はもう、前までの弱い自分ではなくなった。向山教授が立ち直る機会を与えてくれたのだ。そのことに思い至るや、「いい〈作品〉に仕上げよう」とすんなり素直に励もうとしている私の脳裏にいつかの自分の憎まれ口がフラッシュバックした。

◇…教授への〈報告〉前…◇

――あくまで教授が〈アップデート〉の担当者に私を選んだのだから、気に入らないからって文句をつけられても困る。何か言われたら、政治家ではないけど、逆に教授の任命責任を問うてしまえばいいじゃないか…!

◇…◇

教授に「責任転嫁」したときから少しずつ変わっていっていることを自覚して、私はまたひとつ決意を新たにする。
教授と関わりのあった場所や人をしっかり見つけて、教授とこの街の「過去」と「今」をつなぐ橋渡し役をこなそう。それが私の教授への恩返しになるはず――。

絵を描き終わったところを見計らって、店主さんがコーヒーカップを二つ載せたお盆を持って店を出てきてくれる。
コーヒーを受け取るかわりに完成した絵を見せて、私はいち早く感想を聞いてみる。
「うまいですねー!やっぱり美大生はモノが違うなー。すっごくいいと思います。お店に飾らせてもらいたいくらいです」
手放しでほめてくれた店主さんに、私は照れながら応じる。
「私なんかの絵を飾ってくださるのなら、今度もう一枚、あらためて描きに来ます」
「本当ですか。じゃあ、好きな古書数冊と交換しましょう」
「うれしいです。あ、それなら〈BAR三日月〉のときに遊びに来たいです!」
「あ、それは名案ですね。お酒は、呑める年齢でしたよね」
「はい。古酒は、まだ一度も呑んだことないんですけど」
怖じ気を見せる私に、店主さんは優しい笑顔を返してくれる。
「ちびちび呑めば、大丈夫ですよ」
最後に、私は店主さんに言いそびれていたことを伝えた。
「そういえば、お店のこの『みかづき』の絵、とってもいいですね」

かとうかいと
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1986年、東京都生まれ。リベラルアーツを標榜する大学在学中に小説を書きはじめる。卒業後は国立大学付属美術館や私立大学図書館などで働きながら作品を書き溜めたのち、エンターテインメント団体Coochにおいて伊藤カカト名義で第一回連動企画作品〈推定容疑者〉シリーズに参加し、〈ミス・クリミノロジーの不埒な実験〉を上梓。その後も純文学やミステリー、ファンタジーなどジャンルに囚われない創作活動を続けている。web:https://note.mu/mekkemon2017

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