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第四図「散策2――古書〈みかづき書房〉――」

2017.03.17

◇…教授の研究室(=アトリエ)……◇

「ほかに、先生のなじみのあるお店はないんですか」
「うーん、ずいぶん昔のことだからなぁ。まだやってそうなところでいうと…そうだな、古本屋さんかなぁ。でも、二代目が継いでくれていない限りはなくなっているかもしれないなぁ」
「古本屋さんですか…。場所は、覚えてますか」

◇……◇

教授への〈報告〉を経て、私は二度目の〈街歩き〉に赴く。
前回より少し早めに駅についた私は、スケッチする場所を探すよりもまず目当てのお店を訪れることにした。なにしろ、今回は教授に教えてもらったお店がまだそこに在るかわからないのだ。
早々と教授のパンフレットを取り出して、印をつけてもらった地点を目指す。「奇しくも」という副詞を思い浮かべたものの、そこまで広くもない街ならそう不思議なことでもないかと思い直したので「果たして」、そのお店は前に歩いた大学前の並木道から一本、脇道に逸れたところにあった。
ログハウス風の黒い木造建築が、おそらくは教授に教えてもらった〈みかづき書房〉で、店の名前を記した看板こそないけれど、壁面には大きく三日月が描かれている。約三十年前からここに建ち続けている割にシックな外観は、いつぞや建て替えられたのか、それともそう遠くない過去に外壁が塗り直されたのか――。
ギ、と扉をきしませて店に入ると、外からは見えなかった店内の様子に驚く。
書棚や在庫を整理している途中なのだろうか、膝くらいの高さまで平積みされた本が、崩れないように四角く寄せ集められた〈切り株〉が床のあちこちにある。本の材料となる紙が木から作られていることを考えると、〈切り株〉とは言い得て妙かもしれない。自分のとっさの言語感覚を自画自賛しながら混沌とした店の中を見回していると、なんだろう、なんとなく違和感がある。
そのとき、いかにも古本屋の店主然とした丸眼鏡をかけた男性がカウンターの端にある階段から降りてきた。その両腕には本の束を抱えている。
「あ、いらっしゃいませ。どうぞ好きなだけ見てってくださいね。今、コーヒーを淹れますから」
店の散らかりようではなくコーヒーのことを言うからには、店内はいつもこんな様子なのか…そう思ったところで――コーヒー?カウンター??――改めて店に目をやると、古本屋さんのはずなのに「カフェ・バー」さながらのカウンターと椅子があった。違和感の正体はそれに違いなかった。カウンターの奥側には分厚い辞書や古典文学集のシリーズがずらりと並べられていて、その奥の壁には飲み物のメニューも貼りつけてある。
首を傾げて不思議そうにその光景を眺める私を見かねて、店主さんが一言。
「ここは何の変哲もない古書店なんですけど、お客さんにはコーヒーをサービスして、夜にお酒を出す日もあるんです」
思ったより年が若そうな店主さんが説明してくれたところによると、〈みかづき書房〉という名前にちなみ、三日月が空に浮かぶ三日間だけは〈BARみかづき〉に装いを変えて、夜の三時三十三分きっかりまで営業するそうだ。
「三日月の三晩っていっても、気象庁の発表とか厳密なものではなくて、僕が肉眼で目視して三日月っぽく見えた次の日からやるんですけど、ここのお客さんは近所の常連さんばかりだから、当日の朝にでも張り紙をしとけば来てくれるんですよね」
平日であろうと〈BARみかづき〉の営業日とあらば夜な夜な人が集まってきて、瓶のラべルが半ば剥げ落ちているような古酒の類が振る舞われるそう。そのお酒も、常連のお客さんからこのお店に売られたものだというのだからおもしろい。
「『古書〈=コショ〉』と『古酒〈=コシュ〉』って語感が似てますよね?古くなるほど味わいが深くなるところも一緒なんですよ。古書の話をしながら、古酒をちびりと味わう。古酒はたいていアルコール度が高いから、ちびちび呑むしかないんですよね。それこそ、年代物の古書を一行、また一行と読んでいくように。自然と場の空気もしっとりするので、古酒を片手にみなさん思い思いに古書を探していってくれるんですよ。で、また思い出したように会話を交わしたりして」
常連さん同士も顔見知りなので、ここで買った本の内容を教え合って、おもしろそうなものがあったら、〈みかづき書房〉を介して――そのやりとりを店主さんが目の前で聞いていたからには――格安で取引きされるそうだ。もちろん店を離れて交渉すれば個別に貸し借りすることもできるのだろうけど、そういう交流を楽しめない人はもとより〈BARみかづき〉に通ったりはしないのだろう。本も天下のまわりもの、なのだ。
「三日月の夜ではなかったんですけど、バーは昔からやってたんです。ここに入っていた前のお店が飲食店だったのでカウンターがそのまま残ってて、親父…あ、いや先代と仲の良かった常連さんが閉店後に呑んでいってたんですね」
なるほど、という相槌を打ちつつ、「昔」という言葉が出たタイミングで、私は彼に教授のことを訊いてみる。
「あの…この人を知っていますか。このお店に昔、よく来ていたみたいなんですけど」
今回は年賀状の葉書ではなく、大学のゼミ案内の冊子を出して教授紹介のページを開いて見せる。
「見覚えは、ないですかねー。親父…や、先代に聞けばわかると思うんですけど…あ、そういえば台帳があったな。苗字は…ムコウヤマ?わりかし珍しめな名前だし、見つかるかもしれません。調べてみるので、どうぞゆっくり店を見ててください」
「たぶん、三十年くらい前のことになると思うんですけど…すみませんがお願いします」
「仕事柄、古い冊子をめくるのは得意ですから」店主さんははにかんだ笑顔を見せる。「それに、先代のときに懇意にしてくれていた方なら、また来てくれたときのために憶えておかないといけませんから」
――(また、来てくれることになればいいけど)
そう思うだけで口には出さずに、店主さんのお言葉に甘えてゆっくりと店を見て回る。
〈切り株〉の点在する店内はさながら本の密林だ。壁際の天井まで届きそうなほど背の高い本棚にはぎっしりと本が詰まっているし、しゃがんで〈切り株〉から一冊ずつ拾い上げていくのもなんだかワクワクする。和書と洋書を問わずいつの時代に書かれたものか、そして題名や装丁(そうてい)を見たところでその内容もさっぱり、想像のつかない本ばかりなのに――(だから?)――惹きつけられてしまう。そもそも「古書店」なる場所は、必ずしも目当ての品を探しに訪れるところではないのだ。雑然と置かれた本の中から掘り出し物を見つける楽しさを、このお店は体験させてくれる。
「誰が買うのか」の前に「誰が読めるのか」。ラテン語くらいなら見たことのある私にも、全く見覚えのない言語で書かれている洋書を一冊手に取ってみれば、暗号のような文字に埋め尽くされたページをパラパラとめくるだけで愉快な気持ちになる。デザインというと新しいものにばかり目を留めがちだけど、私の見たことのない古いものにも〈目新しさ〉はあるのだ、と、自分の専攻するデザインの分野と結びつくようなことも考えさせられる。古めかしい字体に大昔の紙やインクの質感、埃っぽさやカビとか虫食いの痕もひっくるめて古書の〈味わい〉となっていて、つまりは本の一冊一冊も〈浪漫〉のカレーや教授のパンフレットと同じ〈作品〉なのだ、という単純な事実にも遅れて気がついた。
「あった、あった、ありましたよ!」
そう叫ぶや、店主さんがやや興奮気味な面持ちで――これまた見るからに年季の入った――台帳を持って私の元に寄ってきてくれる。「向山さんという方は、建築関係の本がお好きだったみたいですね。ほら、ここで買った本を一度売って、また買い直した記録が残ってます」
――〈建築〉。
やはり――。教授と〈建築〉が再び結びつく。
「これ、よかったら写真に撮ってもいいですか」
私は店主さんの許可をもらって、台帳に「向山」と記載された箇所をスマートフォンのカメラで撮影した。教授がこの街にいた痕跡を見つけ出し、それだけでなく「探偵活動」の成果を本人に示せることに、私の心は浮き立った。
「それと」私は図々しくも店主さんにお願いを重ねる。「このお店を、描かせてもらっていいですか」

かとうかいと
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1986年、東京都生まれ。リベラルアーツを標榜する大学在学中に小説を書きはじめる。卒業後は国立大学付属美術館や私立大学図書館などで働きながら作品を書き溜めたのち、エンターテインメント団体Coochにおいて伊藤カカト名義で第一回連動企画作品〈推定容疑者〉シリーズに参加し、〈ミス・クリミノロジーの不埒な実験〉を上梓。その後も純文学やミステリー、ファンタジーなどジャンルに囚われない創作活動を続けている。web:https://note.mu/mekkemon2017

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