大きく小さく「こども」を考える
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Vol.5 Curiosity killed the cat

2016.11.16

みなさんは、動物と一緒に暮らしたことはありますでしょうか。幼少期に犬や猫と暮らしていた方、今まさに飼われている方はもちろんのこと、全く暮らしたことがない、若しくは苦手だという方、様々いらっしゃることでしょう。わたしの場合、幼少期には家に黒猫がおりまして、現在は、他の記事にもあるように、オフィスに猫がおります。そして私事ですが、10月の転居を機に、改めて猫との暮らしが始まりました。

我が家の猫は、捨て猫などをボランティアで保護されている、千葉市内の方から譲渡してもらう形でやってきました。別の記事にも書きましたが、女の子です。本年7月10日頃の生まれとのことですので、我が家に来たときには月齢3ヶ月前後。人間にすれば5-7歳相当らしいのですが、人間のこどもに負けず劣らず、実に何にでも興味を持ちます。

妻が歩けばついていき、料理していればシンクに上って眺め、わたしたちが食べるものや飲むものにも、逐一関心を持ちます。また、猫用のオモチャのみならず、ビニール袋やお菓子の包装、はたまたコード類など、様々なものが彼女の獲物となります。ストーブに近づき過ぎては熱がり、からしに近づいては顔をしかめたりと、何に関しても試行錯誤を繰り返している様子は、見ていて飽きることがありません。

こんな好奇心の塊を見ていて、一つ思い出した言葉がありました。学生時代の英語の授業で出会った、「Curiosity killed the cat」です。直訳すると「好奇心は猫をも殺す」。転じて、「過剰な好奇心は身を滅ぼす」という意味でも使われるそうです。猫という生き物は生来敏捷性に優れ、また賢いため、他の動物よりもしぶとい。そのようなことを表現する「Cat has nine lives/猫に九生あり」ということわざが元々あったとのこと。そんな猫でさえも、持ち前の好奇心が災いして命を落とすことがあるということから、先のことわざにつながっていったようです。

確かに、自分が初めて目にするものや、興味を持ったものについては何でも、嗅ぎ、触れ、咥えようとします。それ故、彼女が自分の身にとって好ましくないものに接触してしまうことも、見ているとままあります。先のストーブやからしの話が良い例です。でも、それが「身を滅ぼす」ことかというと、多分そうでもない。自分にとってどうやら困るものらしい、と経験から理解すれば、同じ行動は繰り返さなくなります。自分が痛い目にあった場合、例えばストーブの熱さやからしの刺激臭には、近づきすぎなくなります。また、わたしたちが、人間の食べ物から彼女を繰り返し避けることで、相変わらず興味は持ち、一度は試してみるものの、我が家に来た当初見られたような、食卓への飽くなき執念、執拗なチャレンジは鳴りを潜めるようになりました。

(人間の食べ物から猫を避ける理由ですが、人間の食べ物は猫にとっては塩分過多で、食べてしまうと心臓・腎臓に負担がかかるとのこと。また他にも、人間には食べることができても、猫が食べると命の危険につながるような食べ物も幾つかあります)

考えてみれば、最初身の回りのものはよくわからないものばかりなわけです。先ず何でも試してみなければ、学習の機会さえ生じない。ということは、尽きることのない好奇心がなければ、何が「大丈夫」で何が「危ない」のかを知り、自分の生きる世界と付き合っていく術を身につけることができない、ということにもなるのかもしれません。とすれば、これは人間にも言えることなのではないか、とも思い当たりました。

最近、子持ちの友人と会う機会も増えてきているのですが、こどもたちも同じようなことをしているように思えます。乳幼児であれば、手にしたものを何でも口に入れたりする子もいれば、持ったものを投げては拾ったりを執拗に繰り返す子もいます。もう少し大きくなると、今度は外を走り回ろうとする。新しいものには興味が尽きない。常に何かを吸収しようとする。いずれにせよ、彼ら・彼女らは、飽きることなく何かに関心を持ち、トライアルアンドエラーを繰り返しています。これも、本人たちがどう思っているかは分かりませんが、やはり必死に世界を掴もうとする様に他ならないのではないかと思うのです。

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こんなことを考えていると気になってくるのが、何か問題があると困るから、問題を起こさないようにする、という昨今の風潮です。公園の遊具で小さいこどもがケガをしたとなれば、確かにそれは心配です。ボール遊びをしていたこどもがボールを追い掛けた結果交通事故に遭ってしまったとすれば、ボール遊びを止めさせたくもなるかもしれません。それはもちろんわかるのですが、仮にそれを極端に突き詰めていってしまうと、問題を起こしそうなものは全て取り払われた、味気ない世界がこどもたちに提供されるようになってしまうのではないかと思うのです。

こどもの試行錯誤には危険がつきものです。それこそ走れば転んでケガをしたりするでしょうし、口に入れてしまうものが汚くないか、外を走る車にぶつかりはしないか、エスカレーターに挟まってしまわないかなど、懸念材料が尽きることはないのでしょう。こどもが生まれてくれば、わたしもきっと色々心配してしまうことになるのだと思いますし、それこそ危険を避ける部分も出てくるようにはなるかもしれません。ですが、こどもたちが経験することのできる範囲の、もしくは経験する必要のある危険性まで取り払ってしまうと、そもそも彼ら・彼女らが世界を知るための、貴重な学習機会を奪ってしまうことにもなりかねないのではないか。そのように思うわけです。

ところで、「Curiosity Killed the cat」には続きがあるそうです。それは「satisfaction brought it back」。好奇心は猫をも殺すが、その分満足が返ってくる。だから、そのリスクを冒す価値は十分ある、とそんな意味だとのこと。飽くなき好奇心に基づいた無手勝流の試行錯誤は確かに危なっかしいですが、それこそが今生きる世界を知るという、彼・彼女の「仕事」そのものなのではないか。とすれば、生まれてくるこどもには是非とも、(そして我が家の猫にも、)持ち前の好奇心を存分に発揮できる余地のある関わり方をしていきたいなぁと、生まれる前から思ったりしている今日この頃です。

参考:
http://www.ihcway.com/1day/20141127124523.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%BD%E5%A5%87%E5%BF%83%E3%81%AF%E7%8C%AB%E3%82%92%E6%AE%BA%E3%81%99
http://www.necozanmai.com/zatsugaku/proverb-english.html#Anchor1124779
http://www.nekohon.jp/neko/donteat.html

三瓶 伊万里
三瓶 伊万里 | 記事一覧

1984年、福島県生まれ。大学がリベラルアーツを標榜することから、所属は教育学科ながら、他領域の学問にも自由に触れる経験をする。07年に住友商事(株)に入社、鉄鋼事業に従事する。サラリーマンとしての暮らしの在り方に疑問を持ち始め、まちづくりに携わりたいという想いを強くする中、同社を12年に退社。同年(株)北山創造研究所に入社する。14年には同社を退社、現在は新たな社会の在り方を研究しながら、実践の可能性を模索している。

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