三十路男子のリアル西千葉ライフ
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Vol.4 やってみないとわからない

2016.11.15

(写真:http://blesswedding.jp/21236

だいぶ涼しくなってきた今日この頃、晴れた日も気持ちのいいものになってきておりますね。このコラム、前回の記事からなんと半年以上も空いての掲載となってしまいましたが、皆様どのようにお過ごしでしょうか。少しずつ続けていこうと思っておりますので、引き続き気長にお付合いいただけたら嬉しいです。

というわけで、これだけ期間が空くと、ぼくの人生にもまあそれなりに色々な出来事が生じて参ります。諸々端折らせていただきますが、実は8月末に結婚をいたしました。10月頭に夫婦で引越しをし、猫とも一緒に暮らし始めました。女の子です。そして来年にはこどもも生まれてきます。これまたどうやら女の子、とのこと。気ままな一人暮らしから転じて、突然女系家族の一員となってしまいました。正に青天の霹靂といったところ。人生、本当に何が起こるかわからないものですが、それもまた楽しからずや。引き続き西千葉にて、新鮮で楽しい日々を過ごしている今日この頃です。結婚に至ったエピソードなどは、機会があればまた触れさせていただくとして、今回はちょっと「結婚」というものに直面したときのぼくについて徒然に思い起こしてみようかなと思います。

結婚と言えば、人生の大きな転機とされています。恋愛関係にある男女がどのタイミングで結婚すればいいのか、なんて悩み事は枚挙に遑がございませんし、やはり人生に於ける一大イベントと言ってしまってよいでしょう。ですが、実はぼく自身、この機会が我が身に降りかかるまでは、あまり転機としては捉えておりませんでした。一緒に暮らしていこうと思えるようなパートナーがいて、その人との間にこどもを授かるのであれば、日本で暮らしていくなら結婚するのがいいのかしら。というように漠然と思いを馳せる程度。「結婚」は手続上のものであって、基本的には今まで通りの生活が続いていくのだろう、と思っていたわけです。

でも、自分の人生に「結婚」の二文字が現れてきた途端、それまでそこはかとなく想像していたこととは全く異なることが色々と起きることとなりました。例えば結婚の報告です。周りの方に結婚する旨を報告したとします。すると、先ず必ず「おめでとう」と言ってもらえます。本当にたくさんの方々から、祝福の言葉をいただけるのです。既婚者の方からすれば当たり前のことなのかもしれませんが、これは恋愛関係ではなかなか味わえないことですよね。「初めて好きな人と付き合えた」というようなことなら、付き合う前から相談を受けているような親しい友達からは「おめでとう」と言ってもらえるかもしれませんが、まあそれくらいかなと思います。あえて「おめでとう」と言ってもらえること、というイメージはありません。が、「結婚」はそうではない。みんなにめでたいこととして取り扱ってもらえるわけです。いろんな方から笑顔で「おめでとう」と言われると、周囲にさらに伝えやすくなります。嘗ては結婚に然程関心がなかったぼくでも、「これはなんかいいぞ」「なんか嬉しいぞ」と思ってしまっている。なにやら「結婚」したと実感することを、他の人たちが手伝ってくれているかのような感覚です。これは経験したことのない、嬉しい衝撃でした。

また、両家への挨拶、というものもあります。よくドラマや漫画だと、特に結婚絡みの恋愛モノでは、大抵は女性側のご両親に挨拶に伺うのが大変なものになっています。「お嬢さんをぼくにください」「絶対に幸せにします」的な、そして「君に娘はやれん」「お父さんと呼ぶな」的な、あのアレです。ぼくの性別は男です。今のご時世さすがにそれほど極端なことにはならないだろうと思いつつも、初対面だし多少は緊張するかしら、などとも思っておりました。が、実際その日を迎えてみると、これがなかなかどうして和やかなもの。昼食の2時間をご一緒させてもらったのですが、自己紹介から仕事内容と、楽しく話していたらあっという間に終わってしまい、緊張する暇がありませんでした。こういうものは実際体験してみないとわからないもので、奥さんのご家族とお会いしたときよりも寧ろ、自分の家族に奥さんを紹介するときに緊張することとなったのです。

もし自分に結婚したい相手が現れたら、両親に紹介しよう。予てから、このようには思っていました。裏を返せば、自分がそのような人を両親に紹介するのは人生30余年にして初めてだったわけです。ぼくは多分家族とは仲も良く、電話でも話します。年に4、5回は実家にも帰っていました。それだけ仲が良ければ自分の奥さん(になる人)を紹介することなんてわけないだろうと思われるかもしれませんが、これがなかなか大変でした。普段話すようなことならもちろん、特に問題はありません。が、全く経験したことがない、そしてまた、今後の自分や家族の関係性が大きく変わるであろう「結婚」に関する報告です。どう伝えたらいいものだろうか、結論も出ないのにとりとめもなく考え続けるような状態でその場に臨み、緊張したまま、まとまらない話をしたのが思い出されます。

自分でも、何故あれほど悶々と考え、自分の家族に会って話すにも拘らず緊張したのかを振り返ってみました。先ほど家族と仲が良い、と書きましたが、よくよく思い返すと、多分ぼくはそのときまではまだ無意識に、自分のことを両親の家族の一員、ある意味「扶養家族」的な位置付けで認識していたのではないか。両親の「こども」であるままだったのではないか。このように思い至りました。確かにぼくは両親のこどもですし、両親の家族です。ですが、これからは自分にも家庭ができるわけです。無意識下では両親の「家庭」に所属しているようなつもりでいたけど、今度は自分がそれを形成することになる。元々所属していた会社から、関係を継続しながらも独立するような感じでしょうか。大学卒業後就職をし、家計は独立して約10年間生活してはきましたが、自分の両親に奥さんを紹介する段になって初めて、自分の家族から独立するような実感を持ち始めたのだと思います。それはぼくにとって、漸く経験するパラダイムシフトだったのかもしれません。

これを象徴的に表していたのが、婚姻届提出後にもらった書類(受理証明書)でした。この書類、ぼくと奥さん両名の戸籍が、それぞれの世帯から抜けて、新しい戸籍が作られるような形で書かれているものです。以前のぼくにとってはただの情報に過ぎないものだったと思うのですが、不思議なもので、両家への挨拶を終え、婚姻届を提出してから目にするそれは、何か自分の実感を表すようなものでした。

上述の他にも色々あったのですが、「結婚」に至るプロセスに於いては、自分がそもそも想定していなかったようなことがたくさん起こりました。よくよく考えてみると、全ては初めての経験なので、予め見通せるものではないわけです。自分がわからないこと、未経験のことについて、得てして不安を感じるものだと思います。だから直面する前はなんだかんだ頭で色々考えている。でも、直面したときには事前に考えていたことなどあまり意味がなく、その場で全力で向き合うしかない。この繰り返しだったような気がします。こういうことがあると、あまりごちゃごちゃ考えなくなります。取り繕ってもしょうがないので、その場でその時やることをやるしかない。そんな思考回路になったのは、事前に色々と考えるのが多かったぼくにとっては、結構新鮮なことでした。

また、想定外のことが自分の身に色々起きると、自分を省みることが多くなります。物事と向き合って初めて実感することがたくさんあったので、その実感が何なのかをなんとなく振り返ってみると、自分でも見たことのなかった、もしくはよくわかっていなかった自分を見ることになる。これもまた新鮮な体験でした。

結局、「結婚」に至るプロセスを終えてみると、なんかしっかり「結婚」というものを実感しつつある(筈の)自分がいます。そして、自分を振り返るプロセスにもなっていたので、ちゃっかり「転機」っぽい様相も呈してしまっている。と、そんなわけで、物事はほんと経験してみないとわからないことばかりだということに、齢三十を過ぎて、改めて気付かせてもらったような気がします。

ぼくは仕事柄調べ物をしたり、考えたりすることも多いですし、また臆病なので、何か不安に感じたら、それを解決できないか色々考えてみたりもします。それらは決して無駄ではないと思うのですが、とは言えそれらを幾ら重ねたところで、畢竟渦中にいて、味わってみないとわからない。それは多分「結婚」に限らず、生きていて直面するどんな状況であっても、体験してみるとそれは、毎回異なった新鮮なものなのかもしれません。日々季節は移り変わりますし、やることも違います。猫も日々成長していますし、奥さんのお腹も大きくなってきています。まあ当たり前のことなのかもしれないのですが、以前のぼくは、そのようなことを、結構忘れてしまっていたような気がします。

そんなこんなで今回は、新生活を楽しむぼくの「結婚」にまつわる由無し事を書かせていただきました。ちなみに、奥さんと結婚を決めるに至ったときは、それはもちろん嬉しかったし、それがある意味「結婚」を実感し始めたところではあるのですが、それは惚気になりかねませんので、機会があれば、また適宜。いつも以上に乱文ですが、いつも以上に個人的な体験を綴っておりますので、どうかご了承いただけますと幸いです。

三瓶 伊万里
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1984年、福島県生まれ。大学がリベラルアーツを標榜することから、所属は教育学科ながら、他領域の学問にも自由に触れる経験をする。07年に住友商事(株)に入社、鉄鋼事業に従事する。サラリーマンとしての暮らしの在り方に疑問を持ち始め、まちづくりに携わりたいという想いを強くする中、同社を12年に退社。同年(株)北山創造研究所に入社する。14年には同社を退社、現在は新たな社会の在り方を研究しながら、実践の可能性を模索している。

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