大きく小さく「こども」を考える
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Vol.3 まちの中の居場所

2016.08.20

みなさんはこどもの頃、学校以外の時間はどのように過ごしていたでしょうか。自分のこどもの頃を思い返してみると、習い事をやったり、宿題や通信教育の教材に取り組んだり、もちろん近所の友達と遊んだりと、非常に多岐に渡ったことが思い出されます。では今のこどもたちの状況はどのようなものなのでしょうか。まちのこどもたちに目を向けてみると、自由に遊びまわる子もいれば、習い事や塾に通う子も。親御さんに何か用事があれば、家で留守番、という子もいることでしょう。その際にはテレビゲームや携帯型ゲームに勤しむのかもしれません。また家族構成も、核家族の場合があれば、二世帯の場合もあります。仮に核家族で、かつ親御さんが働きに出ているとしたら。毎日習い事や塾がある子なんていうのはそんなに多くはいないでしょうし、自ずと空いた時間が出てきてしまうことになるのではないでしょうか。

わたしが住んでいたところは山の麓だったので、山で遊ぶこともできました。また、近くには自由に遊ぶことのできる公園に加え、県立美術館・図書館があり、庭に自由に出入りすることができました。実家が空手の道場でしたので、わたしにとってはそこも遊び場になります。それこそ遊ぶための場所には事欠かない幼少期を過ごしました。それは、家のような完全に私的空間でも、学校のような公的空間でもない、こどもの自分が自由に立ち入って良い、遊び場になるような「中間」の領域が身の回りにたくさんあったからです。

翻って、このまちはどうだろうかと思い返してみました。先のコラムで触れた学園通り沿いの、スーパーマーケットの裏手にある緑町公園。午後になると、こどもたちが集まって遊んでいる姿が見られます。道を挟んで隣にあるHELLO GARDENに入って遊ぶ子もいます。この地域には、他にも西千葉公園や青空公園など、他にも公園はありますが、全員が全員、公園で遊ぶわけではありません。では、公園で遊ばない子は何をしているのでしょうか。また、普段公園で遊ぶ子は、雨が降ってしまったらどうすればいいのでしょう。習い事や塾がある人は、それがある日はいいかもしれません。何か用事があるときも。でも、家で過ごすことが多くなってくる場合、そして親御さんも用事があっていらっしゃらなかったり、家事などで忙しかったりする場合はどうでしょうか。

学校が終わり、習い事や塾がなければ、あとは公園で遊ぶか、学童保育へ行くか、家へ帰るか。このまちのこどもたちをなんとなしに眺めてみると、実は「居場所」と呼ぶことができる場所が、このまちの中にあまりないのではないかと思うようになりました。

今は時代も変わり、こどもたちはより「心配」されるようになりました。安全面への配慮から、公園の遊具は取り払われることも多く、ボール遊びも注意されることが多い。車が増えたり、住居が増えたりしていることと、なんとなく自由に使える場所が減っていることは、こどもたちの自由度を奪っている気もします。公園でさえも、こどもたちが自然に楽しくいられる「居場所」からは程遠くなってしまうことも、時にはあるかもしれない。できることが少ないと、退屈もすることでしょう。テレビゲームやテレビ視聴に明け暮れるというのは、こどもたちなりの退屈への一つの対応策なのかもしれません。

以前、LOVE PARKと銘打ち、私有地の周りを囲うフェンスの一部を取り外し、中にアート作品を設置したことがあります。広場として開放し、立ち入りを自由としたところ、毎日、いろいろな子が立ち入っては遊ぶようになりました。3ヶ月ほどの間管理していましたが、馴染みのこどもも現れるようになり、果ては草むしりやゴミ拾いを手伝ってくれるようになった子もいます。「明日はいる?」とよく聞かれました。多分、あの場所がこどもたちにとっての一つの「居場所」になったのではないかと、今思い出しても少し嬉しい気持ちになります。

(ちなみにそういった子は、今でも話しますし、事務所に遊びに来てくれたこともあります)

LOVE PARKに遊びに来る、放課後のこどもたち。

LOVE PARKに遊びに来る、放課後のこどもたち。

では、なぜ、あんなに多くのこどもたちが毎日訪れてくれたのでしょうか。それはLOVE PARKが、多少なりとも、こどもたちにとっての新たな「居場所」になったということなのだと思いますし、裏を返せば、先にも触れたように、やはりこのまちに「居場所」となるような「中間」の領域、すなわち「なんとなく行ける」場所が少ない、ということを表しているのかもしれません。「なんとなく行ける」ということは、純目的的にそれらの場所を捉えているのではない。且つ、それでも行くことのできる場所ということになります。実はこれはなかなかないことなのではないか。

学校、習い事、塾はもちろん、お店や公共施設、公園でさえも、具体的な目的を帯びた場所になってきているように感じます。何かやることや目的があって初めて、ある場所に足を運ぶ、というような。では、そんな「何か」がないけどなんとなく漂いたいときにはどうすればいいか。大人には、例えば行きつけの店や居酒屋という場所があるのかもしれません。こどもたちにとって、昔はそれが原っぱだったり公園だったり、はたまた人の家の庭だったりお寺の境内だったりしたのでしょう。それも今ではなかなか難しくなってきている。そこに、以前のLOVE PARKがうまくはまってくれていたのかもしれません。

純目的的な場所では、目的以外のことは起きにくい。というか、許容されにくい場合が多いように思えます。でも、なんとなくの「居場所」であれば、とにかく行って、いる・ある・佇む、というようなことができる。すると、その場にいる人と話したりすることも生じますし、誰かに与えられたことではなく、自発的に何をするかを考えたりすることになったりもする。しかもそこでは、多世代が同時的に混在することもしばしば。いろいろな刺激を受けることにもなることでしょう。とすれば、それは前回触れた、こどもたちの「創造性」に作用することにもなるのではないか。このように考えると、「居場所」があることが、予期できない形での多様なコミュニケーションや思考といった刺激の源泉となり、こどもたちの暮らしを豊かにしてくれるような気がします。

すでにLOVE PARKはなくなってしまいましたが、このような「居場所」がまちの中に増えていくと、そこで生まれる様々な出来事を通じて刺激を受け、まちの中でいきいきと躍動するこどもたちを目にする機会が、さらに増えることにもなるのかもしれません。そして、そのような状況で育ったこどもたちは、きっと自分たちで幸せな暮らしを創造することに長け、次世代にもそれをつないでくれるのではないか。そんなことに思いを馳せながら、このまちに「居場所」を生み出すことを含めどんなことをしていけるのか、夢想してみようと思います。

三瓶 伊万里
三瓶 伊万里 | 記事一覧

1984年、福島県生まれ。大学がリベラルアーツを標榜することから、所属は教育学科ながら、他領域の学問にも自由に触れる経験をする。07年に住友商事(株)に入社、鉄鋼事業に従事する。サラリーマンとしての暮らしの在り方に疑問を持ち始め、まちづくりに携わりたいという想いを強くする中、同社を12年に退社。同年(株)北山創造研究所に入社する。14年には同社を退社、現在は新たな社会の在り方を研究しながら、実践の可能性を模索している。

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