生活実験家の暮らしの「なんでだろう」
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vol.2「暮らし」ってなんだろう。

2016.08.11

■どこまでが「暮らし」?

生きるって、毎日の「暮らし」の積み重ね。どんなにドキドキワクワクする非日常の楽しい出来事を体験できたとしても、日常生活がつまらなかったら、楽しく生きているなんて言えない。そんなの現実逃避だ。もちろん刺激的な体験も欲しいけれど、日々の生活の中でなにかを我慢したり、諦めたり、つまらない毎日を送るなんて、私はいや。あたりまえの毎日の「暮らし」があたりまえに楽しいのが一番だと私は思うのです。

さて、日々の「暮らし」を楽しくするために、まず私は「暮らし」とはなにか考えてみることにしました。「暮らし」と聞くと、洋服や、日々の食事、家やインテリアなど、衣・食・住をイメージする人も多い気がします。実際に書店などで「暮らし」ということについて書かれている本を手に取ってみても、その多くは、衣・食・住といかに向き合うか、どんなものに囲まれて、どんなふうにそれらに手をかけて日々を過ごしていくか、という内容のものばかり。もしくは、家族と、パートナーと、友達と、あるいは自分自身と、どう付き合っていくか。「暮らし」ってこんなにも小さな範囲の、言いかえればプライベートな領域だけのことなのでしょうか。

■「暮らし」に関係ないものなんてなにもない

私たちの毎日を俯瞰してみると、それは想像以上にたくさんのこととつながっていて、関係し合っていることに気が付きました。誰にとっても必要な「お金」、そのお金を得るために必要な「仕事」、私たちが暮らす日本という国の「法律」や「政治」、民主主義の国に生きる私たちが持つ権利である「選挙権」、自分が住んでいる「地域」、ほとんどの人が受け、また自分たちの子どもを通じて向き合っていくことになる「教育」、私たち人間やたくさんの動物、魚、昆虫、植物たちが生きる「地球環境」などなど。グローバル化した現代社会では、遠くはなれた国々での戦争や、地球の裏側の人たちの日常だって、色々なことが連鎖して、私たちの日々の生活とつながっている。そういった意味では、地球上のことだけでなく、大気圏を超えた宇宙の彼方の出来事や、過去や未来といった時間をも超えた出来事まで、今を生きる私たちに関係のないことなんて何一つない気がしてきました。つまり、どんなに遠くの離れたことや普段気にもとめてなかったことが、急に、もしくは知らず知らずのうちに、自分の暮らしを良い方向にも、悪い方向にも、変えることがある。そして同時に、自分の小さな行いや、一つの言動、毎日のなにげない積み重ねが、どこかの誰かの暮らしを楽しくしたり、悲しみでいっぱいにしてしまうこともあるのかもしれない。

これらのこと、全てひっくるめて、「暮らし」なのかな。そんなふうに私は思うようになりました。ということは、今この瞬間の自分が楽しいか、もしくは得をしたり楽をしたりできるか、だけを判断基準に据えていては、なにかおかしなことになりそうです。自分の住んでいる街がなんだか元気がなくても、自分が家の中で快適に暮らしていれば、それは楽しい暮らしなのだろうか。街”も”快適になったら、”もっと”楽しい暮らしになるのでは?誰かが損をしたり、誰かが苦しんでいる上に成り立つ自分の「楽しい」って、そのことを知っても「楽しい」のだろうか。“誰かが”ハッピーになれることで“自分も”ハッピーになれたら、それは“最高に”ハッピーなのでは?そんなふうに考えながら何気ない毎日を過ごしてみることにしています。

■自分の「暮らし」を広げる

私たちは毎日、たくさんの小さな選択(と時々大きな選択)をしています。自分が楽しく生きていくためにはどの選択肢を選べばいいのか。この選択を間違えないために、もしくはより良い選択肢を見つけだすためには、どうやら広い知識と広い視野、そしてちょっとの想像力が必要みたいです。どんなことにも興味を持ち、日々学び続け、自分の頭で考え、時には疑いの目を持つことで、自分の自由と幸せは守られるのかもしれません。

どんなことも自分の暮らしの一部と考えてみると、その度にどんなに自分が無知であるかを痛感させられます。でも、無知ということは、これから吸収する余地がたくさん残されているということでもある。(と、ポジティブに考えてみる。笑)いきなり地球の裏側のことまで考えて暮らしていくのは難しくても、ちょっと視野を広げることはできると思います。今住んでいる家のお隣さんのことや、住んでいる街のこと、所属している会社や団体のこと、今日買い物したものは誰がどこでどんなふうにつくったのか、今日捨てたゴミはどこへ行くのか、自分の暮らす地域や国のリーダーはどんな人でどんなことを考えているのか、100年前の今日と100年後の今日はどんな1日なのか。知らないことがあれば、その度に調べてみることにしています。知らないことを知るってことが意外と刺激的で、楽しいことなんて知らなかった。新しく知った世界と自分の暮らしとの接点が見つかった瞬間は、自分の暮らす世界が広がったみたいで、ひとりでドキドキしちゃったりもする。「もっとこうなったらいいのに」「もしかしてこうなんじゃないか」と、自分の暮らしを楽しくするヒントが見つかったりすることもあります。

楽しい暮らしを手に入れるために、「知る」ということを始めたら、「知る」ということ自体が楽しくなりました。一石二鳥だな~。
そうして今の私は、前の私よりも、少し広くなった暮らしを送っています。みなさんも「暮らし」を広げてみませんか?

西山 芽衣
西山 芽衣 | 記事一覧

1989年、群馬県生まれ。大学で建築を学ぶ中で人の暮らしに興味を持ち、(株)北山創造研究所でまちづくりなどに携わる。2014年同社を退社後、大学時代から暮らす西千葉で、自らの生活を実験台として新たな生活の在り方を模索している。衣食住、政治、経済、教育など、日々の暮らしの中で生まれる「なんでだろう?」や「こうなったらいいのに」を出発点に、自分たちの手で暮らしを変えていく実験に人々を巻き込み中。都市の中で自然に楽しく生きること、もっと楽しい社会を次の世代に引き継いでいくことを目指す。 facebook: https://www.facebook.com/MeiNishiyama  instagram: https://www.instagram.com/xxx_mei_xxx/  web: http://harapecolab.jp/

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